大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)1537号 判決

本籍 東京都荒川区東尾久四丁目二二九三番地

住居 東京都北区田端町三八〇番地国鉄アパートA棟一三号

元国鉄職員 湯浅忠利

昭和一五年六月一四日生

〈ほか四名〉

右被告人等に対する傷害被告事件について昭和四九年四月二五日東京地方裁判所が言い渡した無罪の判決に対し東京地方検察庁検察官検事谷川輝から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各罰金壹万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金壱千円を壹日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は被告人等の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は東京地方検察庁検察官検事伊藤栄樹作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人渡辺千古、門井節夫、栃木義宏連名作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるからいずれもこれをここに引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意書第一点(事実誤認)について。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて、検察官が指摘する被告人湯浅同熊谷同荒川の岩下定寛に対する各暴行およびこれらに基因する傷害の存否について検討するに、原審で取り調べた証拠中、

一、被告人湯浅同熊谷同荒川の岩下定寛の大腿部に対する膝蹴りと大腿部伸側打撲傷については、

(一)  原審証人岩下定寛の、「本件当日本件現場である田端機関区本庁舎の二階から三階に通ずる階段のうちの中間踊場から三階に通ずる階段で被告人湯浅に大腿部を五、六回膝蹴りされた」「中間踊場から一段下の階段付近で被告人熊谷に膝頭で両太腿を五、六回蹴られた」「中間踊場から二段下の階段付近で被告人荒川に両膝で腿を十五、六回蹴りあげられたが相当強烈な蹴り方で痛かった」「本件当日飯森医師の診療を受けた際両大腿伸側が赤くなっていたが、同医師から、この位の傷害なら治療の必要がないといわれた」旨の供述。

(二)  原審証人青木正春の「中間踊場から一段下位のところで被告人熊谷が岩下区長の右大腿部を三、四回膝蹴りした。岩下は痛いからよせといっていた」旨の供述。

(三)  原審証人関原政雄の「被告人湯浅同熊谷同荒川が中間踊場の二、三段下の階段のところで、六、七回づつ、岩下区長の足を膝で蹴っていた。区長は痛い暴力をするなといっていた」旨の供述。

(四)  原審証人石井一郎の「岩下区長が中間踊場から一段位さがった際、被告人荒川が区長の前面にいて区長の大腿部付近を盛んに膝蹴りしていた。区長は何回も痛いといい暴力はやめるようにくり返していた」旨の供述。

(五)  原審証人里須敏雄の「岩下区長が中間踊場から一段おりたところにいた際、被告人荒川がその左脇にいて区長の足を蹴りあげたり踏みつけるような動作をしていた。右膝で区長の大腿部付近を五、六回膝蹴りし、区長は痛い、やめろとどなっていた」旨の供述。

(六)  原審証人吉田実の「本件当日の六月八日に岩下定寛を診察治療した医師飯森忠康はカルテに岩下区長の両大腿伸側に打撲の症状があったことを記載している」旨の供述。

(七)  当審証人飯森忠康の「本件当日の六月八日に診察した結果、岩下定寛の左右大腿部に二〇センチメートル×一五センチメートル位の皮下出血斑点、腫張の所見があった」旨の供述。

二、被告人荒川の岩下定寛の右下腿部に対する蹴りつけと同部位の打撲傷については、

(一)  原審証人岩下定寛の「本件当日本件現場である田端機関区本庁舎の二階から三階に通ずる階段のうち中間踊場から一段下の階段上に右足をあげて上ろうとしたところ被告人荒川から右足くるぶしの内側の上を五、六回蹴られたが強烈な蹴り方で相当痛かった」「右下腿部の傷は受傷後一〇日位は歩行の際痛んだ」旨の供述。

(二)  原審証人吉田実の「本件当日の六月八日に岩下定寛を診察治療した医師飯森忠康はカルテに岩下定寛の右下腿内側部に打撲の症状があったことを記載している。同月九日には右下腿下部は手で押えると痛みがあるというので右下腿内側下部にゼノール湿布をした。左胸部打撲と右下腿内側部打撲は全治まで一週間前後を要するものと判断した」旨の供述。

(三)  当審証人飯森忠康の「本件当日の六月八日に診察した結果岩下定寛の右下腿部内側に打撲傷の所見があり、その部位は右足関節の上八センチメートル位のところを中心として七センチメートル×八センチメートルにわたり、発赤腫張があったのでゼノール湿布をした」旨の供述。

がそれぞれ存在し、その内容を関係証拠と対比し検討すると、これらの供述の信用性について疑うべき情況を発見することができず、これらの供述により、被告人湯浅同熊谷同荒川が岩下定寛の大腿部に膝蹴りの暴行を加え、被告人荒川が右岩下の右下腿部を蹴りつけ、よって右岩下定寛に傷害を負わせた事実を認定し得るものというべきであり、原判決はこの点証拠の評価判断を誤り、証拠上認められる事実を存在しないものと判断し、事実を誤認したものというべく、右誤認は判決に影響を及ぼすことは明らかであって、論旨は理由がある。

よってその余の控訴趣意に対する判断を加えることなく、刑事訴訟法三九七条一項三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に自ら判決する。

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも東京都北区東田端二丁目一九番二七号国鉄田端機関区に勤務する国鉄職員で、国鉄動力車労働組合(以下動労と略称する)田端支部に所属し、被告人鈴木は同支部の書記長同湯浅は副委員長であったものであるが、動労が昭和四七年四月二七日に実施したストライキに同機関区運転計画室勤務の動労所属の電気機関士成田捷二が参加しなかったことから、多数の動労組合員が同年五月九日以降数回にわたり同機関区本庁舎三階の乗務員休憩室で右成田に対する説得追求を行なっていたところ、同年六月八日午前一一時五七分頃同機関区本庁舎二階の運転計画室に被告人鈴木同湯浅同熊谷等が赴き成田に三階乗務員休憩室に来ることを求め、右成田は一旦拒否したが被告人鈴木等に強く促されて右乗務員休憩室に行き、正午を少し過ぎた頃から被告人鈴木同湯浅同熊谷等が中心となり数十人の動労組合員等が右成田に対し説得追及を行なっていたが、一方同機関区本庁舎二階区長室にいた同機関区長岩下定寛は同日正午頃助役から成田が三階に連れて行かれた旨の連絡を受け、更に午後〇時一三分頃二階から三階に通ずる階段付近から大きな声が聞こえたので、成田への説得追及行為の際暴力の行使などの事態の発生することを憂慮し、直ちに区長室を出て三階乗務員休憩室に赴く目的で二階から三階に通ずる階段を昇っていったが、その際被告人等は実力を行使しても右岩下定寛が三階に昇るのを阻止しようと企て、他二名と共謀の上、同日午後〇時一三分頃から同日〇時三〇分頃までの間、右二階から三階に通ずる階段で、こもごも同人を押しさげる行動をとったうえ、

(一)  被告人青木において、右階段の二階と三階の中間にある踊場(以下中間踊場と略称)と三階との間で、肩で右岩下定寛の上体に五、六回突当り、

(二)  被告人湯浅において、同所付近で、上体で右岩下定寛の上体に体当りし、かつ同人の大腿部を五、六回膝蹴りし、

(三)  被告人熊谷において、中間踊場から一、二段下の階段付近で、右岩下定寛の両大腿部を五、六回膝蹴りし、

(四)  被告人荒川において、同じく中間踊場から一、二段下の階段付近で、右岩下定寛の両大腿部を十数回にわたり膝蹴りし、かつその右足くるぶし上の内側を数回蹴りつける

などの暴行を加え、よって同人に対し全治約七日間を要する左胸部背部両大腿伸側右下腿内側各打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の違法性に関する主張に対する判断)

弁護人は被告人等の本件阻止行為は正当な組合活動であり、本件阻止行為に際し被告人等に積極的な有形力の行使があったとしても実質的違法性ないしは可罰的違法性を欠くものである旨主張し、その理由として、被告人等の岩下定寛に対する本件阻止行為はその動機目的において正当性が認められ、その手段方法においても相当性の範囲を逸脱したものではなく、法益の侵害も軽微であり、右行為によって保護される法益と侵害される法益との均衡を失していないものであり、更にその阻止行為は他に換り得る手段がない場合の行為であって補充性の要件も具備しているものであると主張し、被告人等の阻止行為は岩下区長が成田捷二に対する動労組合員の説得追及行為の現場に赴く行為に対するものであるが、右説得追及行為は、同人が四月二七日実施したストライキに参加しなかったものであるところ、右不参加行為は組合の機関決定に従うべき義務を規定した組合規約に違反した行為であり、同人に右不参加の理由の釈明を求め反省させたうえ組合員として活動させることを目的としたものであって、その方法は組合員多数による大衆的な説得方法であったが、これは組合の団結のため不可欠なことであり、また公共企業体等労働関係法一七条が国鉄職員の争議行為を禁止しているとしても、本件説得追求行為は争議実施中に争議への参加を求めたものではなく、労働者の団結権の行使のための組合内部の説得追求行為であるからその目的において正当な行為であり、その形態内容からみて成田本人の意思を十分尊重し、暴力の行使もなく、社会観念上相当なものであって、岩下区長が三階乗務員休憩室に赴こうとしたのは正当な組合活動に対する介入妨害を意図したものというべきであるから、被告人等が同区長を阻止した行為は目的において正当である、また阻止の方法は、同区長に対し右休憩室に赴くのを中止するよう説得し、同区長がこれに応ぜず、階段を昇ろうとしたのを押しとどめたものに過ぎず、終始防衛的なものであった、仮に被告人等の行為に積極的な有形力の行使、たとえば押し返す等の行為があったとしても、手段の相当性を失う程度のものではない、また仮に岩下区長の休憩室に赴く行為は正当な理由があるとしても、被告人等がその行為を組合活動に対する介入妨害と判断したのは無理からぬことであって違法性阻却の事由に該当するものである、また本件阻止行為による岩下区長の傷害の程度は軽微であり、かつ本件説得追求行為によって国鉄の業務になんら支障をきたさなかったものであるから、本件行為によって保護された労働者の団結の利益と比較して法益の均衡を失っているものではなく、更にこの場合岩下区長を阻止しなかったならば、同区長は被告人等の説得追求行為を妨害したことは明らかであるし、妨害しないまでも、当局の監視下の説得追求というのは意味をなさないものになることは明らかであるから、本件阻止行為は他に手段方法がなかった場合に該当するものであって、以上の諸点から被告人等の本件阻止行為はなんら違法性がないものである旨主張する。

よって按ずるに、刑罰法上構成要件に該当する行為が刑法三五条前段、三六条、三七条の各要件に合致しない場合であっても、当該行為の具体的状況、特に本件にあっては労働者の集団的行動である点を含む具体的状況、その他諸般の事情を考慮に入れて、それが法秩序全体の見地から許されるべきものであるか否かを判定しなければならず、その結果許容されるべき場合は刑法三五条の趣旨に照らし正当行為とせられる場合の存することは、これを認めざるを得ない。その判断基準として、当該行為により達成しようとした目的の正当性、その手段方法の相当性、当該行為により侵害される法益と保護される法益との均衡を失しないか否、当該の具体的情況に照らしその行為に出る以外他に手段方法がなかったか否等は考慮すべき諸点であると認められる。

以上の見地から、本件の事実関係を検討するに、本件は、動労が昭和四七年四月二七日に実施したストライキに組合員である成田捷二が参加しなかったことに端を発したものであり、その後動労組合員による同人に対する説得追求行為が数回にわたって行われ、本件当日も昼休時間中その説得追求が行われたが、その説得追求行為の際暴力の行使などの事態が発生することを憂慮した岩下区長がその説得追求行為の行われた乗務員休憩室に赴く途中被告人等動労組合員により本件阻止行為が行われたものである。

ところで公共企業体である国鉄の職員および組合は、公共企業体等労働関係法一七条により一切の争議行為を禁止されているものであるから、組合としては組合員に争議行為の参加を義務づけることができず、組合員は争議行為について組合の統制に服する義務がないものというべきであり、組合としては争議行為に参加しない者に対し、その理由の釈明を求めたり、争議行為に参加するよう説得したりするには法秩序全体の見地から相当と認められる範囲に限って容認せられるものと解するのを相当とする。しかるに原審証人成田捷二の供述によれば、同人に対する説得追求行為は結局同人がストライキに参加しなかったことに関連して同人を追求することを主たる内容とするものであると認められるところ、本件当日の説得追求は数十名の組合員が集まり、同人の膝を叩いたり肩を押したりした状況であったことが認められ、かかる説得追求行為をもって、組合の団結のための行為として、被告人等の岩下区長に対する前判示暴行の行為の違法性を阻却する事由があるものとして、正当化し得るものとは認め難いところであり、仮に被告人等が岩下区長が右説得追求行為の行われた場所に赴くことが組合活動に対する介入妨害と判断したとしても、被告人等の岩下区長に対する判示暴行の態様、結果の程度を考えると、犯罪の動機目的においてその行為の違法性を阻却する程度にまで正当化されるものとは認め難いところである。

また被告人等の岩下区長に対する本件阻止行為は、前判示のような暴行行為にまで及んでいる以上、防衛的な行為にとどまったものとはいえず、その手段方法の点からいっても、それが労働者の集団的行動であり、組合の団結を図る意図のもとに行われた行動である点を参酌しても、法秩序全体の見地からとうてい許容し難い実力行使であると認めざるを得ない。

次に法益均衡の点について考察するに、本件阻止行為による岩下区長の侵害の程度は必ずしも重いものということはできず、また被告人等の成田捷二に対する説得追求行為により国鉄の業務に支障をきたしたものとは認め難いところであるにしても、被告人等の行為が動機目的手段方法の点において正当なものと認め難い以上、右事情は被告人等の行為を正当化するものとは認め難い。また被告人等の本件阻止行為は他に手段方法がなかったやむを得ない行為であるという点については、本件阻止行為の態様に徴しとうてい認め難いところであってこの点を理由として被告人等の行為を正当化することはできないものというべきである。

結局弁護人が主張する被告人の行為が違法性を欠くものとする主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人等の判示所為は刑法二〇四条六〇条昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条三条(刑法六条一〇条)に該当するが、本件犯行の経緯、態様、被告人等の地位、結果の程度等を考慮し、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人等を各罰金壹万円に処し、換刑処分につき刑法一八条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文一八二条を適用して主文第四項のとおりその負担を定めることとし、主文のとおり判決する。

検察官 塚本明光 公判出席

(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 藤原高志 裁判官 佐々木條吉)

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